法政大学多摩演劇研究会ブログ

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これまでと、これから。

 大晦日に、こんにちは。

 1年生公演 劇団Re:member「銀河のかたすみで」で主宰を務めました。川上です。

    公演を終えてのまとめや振り返りを、綴っていきたいと思います。日本語を間違えないように、丁寧に書いていくので長くなると思います。

 12月21日が千秋楽だったので、もう10日経ったのですか。それまで生活の大部分を費やしていたものが突然になくなり、この10日間はフワフワとした時間が流れている印象です。

 

 

 この座組の始まりは、サークルの夏合宿でした。

 それまでは1年生公演といものが、過去3年間行われていたことを知ってはいました。しかし、1年生の中から具体的に動き出そうという人は居ませんでした。多分、みんなやりたがってはいましたが、1年生公演にはリスクもある、ということを知っていたからだと思います。

 

 1年生公演は、特殊な公演です。

多摩演劇研究会には大きく分けて2種類の公演があります。

・本公演:基本的に1年に、新歓、夏、秋、冬、の4回、ホールで行われる公演。

・裏公演:時期は決まっておらず、有志が集まって倉庫で行われる公演。

この2種類です。

 誤解を恐れずに言うと、裏公演は"やらなくてもいい公演"です。そして、今の多摩演劇研究会のシステムにおいて、1年生公演は裏公演に分類されます。

 しかし1年生公演には、他の裏公演とは大きく違うところがあります。それは「同じコンセプト」で「違うメンバー」で「過去3年間連続して」行われているということです。

 同じコンセプトというのはもちろん、1年生だけで座組を構成するというもの。違うメンバーというのは、毎年の1年生だけで構成されるので、当然そうなります。

 このように、同じコンセプトで違うメンバーの"やらなくてもいい公演"を過去3年間連続して行ってきていたのです。過去に連続して行われていると、今の自分達も「やらなくてはいけないんじゃないか」という、ある種の「義務感」が生まれます。

 これは、外発的動機(行動の要因が評価・賞罰・強制などの人為的な刺激によるもの)です。

 もちろん、外発的動機を否定するつもりはありません。はじめは外発的動機でも、次第にその行動に関心・興味を持ち、内発的動機(行動の要因が内面に湧き起こった興味・関心や意欲によるもの)を持つことは多々あるからです。

 しかし夏休み明けには、コント公演や秋公演など、公演が控えていました。初めて主宰という立場につき、初めて座組を作り、公演を作り上げなくてはならない、という環境で、組織のほとんどが外発的動機で動いていては不安しかありません。さらにそれは自分ができないからといって、簡単に人にすすめることもできません。

 みんながここまで考えていたかは分かりませんが「誰かがやってくれるかな」「やらなくてもいいかな」という空気はうっすらと1年生の中に流れていました。

 

 という状況での夏合宿。1年生公演をやるならば、そろそろ動き始めたい、という時期。正直言うと、この同期で1年生公演をやるならば主宰は僕だろうな、と僕は思っていました。何故かと言われると答えに窮するのですが、そう思っていました。周りの同期や先輩方からちょくちょく言われていたからでしょうか。僕はそういう星の下に生まれているのでしょうか。分かりませんが、とりあえずそう思っていました。

 しかし、僕は一歩を踏み出せずにいました。理由は明確で、僕の演劇においての経験や知識が乏しいからです。僕は、大学入学まで演劇を行う団体に入っていたことはないです。そんな僕が主宰をして、座組がうまくいくイメージが湧かなかったのです。

 夏合宿の夜。同期の数人で1年生公演について話すことがありました。夜更けも夜更けだったので、なにを話したか詳しくは覚えていません。ただ、自信がないような発言をポロッとこぼしたと思います。それに対して、高校で演劇部に入っていてばっちりと経験も知識もあるたりこが「私、演出やれるよ」みたいなことを言ってくれました。そして、これまた演劇経験豊富ないとくんが「俺はお前を役者として支えるわ」みたいなことを言ってくれました。打ち上げでは「川上くんがいたからこの1年生公演が始まった」と言ってくれましたが、僕からしたらこの2人のお陰で始まったと思っています。もっと大きく言えば、この同期のメンバーならやれると信じられるみんながいたから出来ました。みんなに感謝しています。ありがとう。

 

 そうして始まりだした1年生公演座組。まずは1年生公演を行う目的を考えることにしました。それにあたり、先輩方や同期と1対1の会話をして、1年生公演に対しての考えを聞きました。そして1年生公演には大きく2つの目的があると感じました。それは「1年生の同期同士でのつながりを深めること」と「先輩方に1年生の実力を見てもらい、知ってもらうこと」です。そうして僕は「座組員が精一杯をやりきれる環境を作り、素敵な座組・公演を作ろう」ということを第一に考えて進み始めました。

 

 その次には、みんなの希望の役職を聞き、あわせて役者集めを行いました。もちろん制作・音響・照明も公演の準備には必要なものですが、それらよりも役者の稽古が公演の準備としてのほとんどであり、役者の顔ぶれというものが座組の雰囲気を決める大きな要素です。なので、特に役者たちに大きな内発的動機を持ってほしいと考えた僕は、役者集めに特に力を入れました。空きコマや昼の時間に、できるだけ多くの役者をしそうな人と1対1の会話をして、役者をやりたいかどうかを聞きました。その間に、どんなドラマがあったかは役者紹介にちょろっと書いてあるので、知りたい方はそちらをご一読ください。

 その中で感じたことがあります。それは、みんなそれぞれ素敵な光り輝くものを持っている、ということです。それは考え方であったり、情熱であったり、人それぞれ物は違いますが、星のように輝くものをみんな持っていると感じました。そして、僕はリーダーとして一等星のように輝く必要はなく、みんなの輝きが発揮できる大きな宇宙(ソラ)となって、またそのような環境を作ればいいのかな、と考えるようになりました。

 

 

 ”主宰・舞台監督として、みんなが持っている精一杯の輝きを発揮できる環境作りを、全力でやっていきたいと思います。” 

(「法政大学多摩演劇研究会ブログ『星々が精一杯に輝く宙』」 2017/11/27付 より 川上 創平

 

 

 この言葉は、そこから生まれたんでしょうね。

 結果として、それが出来たかどうかは分かりません。が、そこに全力を注げたと思います。悔いが残っていないことがその何よりの証拠でしょう。

 ただ反省点はあります。環境づくりの作業を1人でやろうとしていたことです。昼や空きコマに1人で掃除や制作の作業をやっていると色んな人に手伝われました。その時は、手伝うよりも準備段階からみんなにはそれぞれの役割を全うしてほしい、と思っていたのですが、それは効率に重きを置きすぎていた考えでした。本番さえ、それぞれがそれぞれの場所で輝いていれば、星空は素敵なものになります。そもそも僕1人だけでソラを作ろうとしていたのが傲慢だったのでしょう。みんなで一緒にみんなが輝ける環境を作って、僕はみんなと同じ星の1つとして居ても良かったのではないか、と考えています。

 

 

 本番は、とても素敵な、満天の星空でした。それぞれみんなが各々の役割を全うしていて、そのみんなの輝き1つ1つがまるで星座のように、見えない線でつながっているように感じました。月並な表現ですが、感動しました。

 あの一瞬の輝きに座組のすべてが注がれています。演劇というものは人それぞれが演劇論など各々の宗教のようなものを持っていて、そういう人々がその一瞬の輝きのために集まり、公演を作り上げます。なのでもちろん準備は大変です。が、あの輝きを忘れられずに、また同じ空の下に集まるのでしょうね。この公演がみんなの思い出の星空の1つに数えられていれば、嬉しく思います。

 

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 最後になりましたが、1年生公演「銀河のかたすみで」を見にいらして下さった方々、ありがとうございました。みなさんの心に少しでも何かを与えられたのなら、幸せです。

 もちろん、多摩演劇研究会はこれからも素敵な公演を作り続けていきます。

 今回いらした方々も、残念ながら来られなかった方々も、これからの多摩演劇研究会を見守っていただけると嬉しいです。

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 以上で、2017年の多摩劇ブログ納めとさせていただきます。来年もよろしくお願いします。